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ブラームス『大学祝典序曲』音源と楽譜で解き明かす“謎”①

春爛漫、入学式のシーズンです。どこの音大でも入学式では学生によるオーケストラで新入生を歓迎する演奏が行われるようですが、筆者の音大でもブラームスやワーグナーの序曲、エルガー『威風堂々』などを演奏したものでした。ということで、今月はブラームス『大学祝典序曲』です。ブラームスといえば秋や冬の寒い時期の響きの濃厚なイメージ、日本の暑い時期の湿度には似合わないような。それはなぜだろう……ということを筆者なりに分析してみた全2回。筆者の演奏とピアノの音による特製音源満載ですので音楽を聴ける環境でお楽しみください。(※ピアノはPCソフトの音なので良い音ではありませんがご容赦ください。)

時はブラームスの円熟期、1880年。2つの交響曲を書き上げ、あの壮大なピアノ協奏曲第2番に取り掛かっている間、ブレスラウ大学から名誉博士号を授与されたことへの返礼として書かれました。大学への作品ということで当時流行していた3つの学生歌を引用し、彼独自の創作と共に非常に面白い作りになっています。かつて交響曲をなかなか発表できない心情を「ベートーヴェンという巨人が背後から行進して来るのを聞くと、とても交響曲を書く気にはならない」と友人に伝えていたという彼。しかしこの作品を聴くととてもそんな弱気な彼には見えません。短い中に彼の手法がギュッと連なり、芸術家としての自信に満ちあふれているような気がします。もうベートーヴェンの足音は聴こえなくなっていただろうな。

では、まず3つの学生歌がこの曲の中で登場する際のメロディをご紹介しましょう。ヴァイオリンだけで弾いています。

学生歌①

学生歌②

学生歌③

ブラームスによるテーマ

この4つのモチーフが作品の大きな要素となっています。特にテーマは大活躍、このリズムには要注意です。

それでは、本記事のテーマでもある「なにゆえブラームスは濃厚なのか?」について展開して参りましょう。

ブラームスの1つの特徴に”1つの小節の中に複数のリズムや拍子が混在する”というものがあります。例えば上記のようなシンプルな学生歌のメロディーの背後の伴奏にいくつものリズムがあったり、2拍子と3拍子が混ざり合っていたり。これは文字で解説するより聴いたほうが分かりやすいですね!

以下は98小節からの一節をいくつかのパターンで音源と楽譜にしてみました。まずは原曲通りの弦楽器群をピアノの音で、第1Vnは筆者の演奏です。ここでは管打楽器は割愛しています。

チェロバスが小節線を超える際にタイでつながれていることにご注目ください!

※便宜上譜例には音符とタイ以外の楽語・記号等は記載していません。

パターン②

ピアノで聴いてもブラームスっぽさが伝わるかな?と思います。では、まずこのチェロバスをよくあるシンプルな動きにしてみます。

チェロバスの音符を減らし、タイもなくし小節ごとに音を変えてみました。

パターン③

では、第2Vnとヴィオラもよくある感じにしちゃって。

ヴィオラが大変身です!

どうでしょうか?2つめ、3つめといくとずいぶんブラームスらしさがなくなってきたような?

ここで行ったことは、上述の”複数のリズム”を減らしたことです。そして3つめは、こういった躍動感がある場面でよく用いられるリズム形を第2Vn、ヴィオラに入れてみました。ここで特徴的なのは、原曲はチェロバスが4拍目から1拍目までタイでつなげて弾いているということ。低音楽器は1拍目にドーンと構えていてくれると音楽が安定するものですが、前の小節という箱から次の小節の箱まで区切っていないのですね。こうすることで、推進力が出ます。第1Vn、第2Vn、ヴィオラもそれぞれ違うタイミングで音が長めだったり短くなったり。それぞれの違いが百花繚乱のように小節の箱の中で咲き誇っている場面です。この咲き誇り具合がブラームスならではの濃厚な響きを醸し出していると思うのですね。

さて、PCソフトという机上の論理で作られた音を聴かされてお気の毒ですから、ここで人類の至宝ブロムシュテット氏による原曲をお聴きください。上記の学生歌やテーマを探してみるのも楽しいですよ。聴いているだけでスコアが目に浮かぶような、素晴らしい演奏です。(学生歌① 1:39頃~、② 3:23~、③ 8:44~、98小節 2:35~です。)

次回も引き続きブラームスの謎に迫りたいと思います。4/29(水)配信予定です!

過去記事一覧

クラ・うら・俱楽部~G線上のアリアの場合②~

前回は「G線上のアリア」の呼び方についてお伝えいたしました。今回は編曲による聴こえ方の違い、その妙についてお届け致します。ヴァイオリニストとしてまず思い至ることは、音程。この2つの編曲においては旋律の音程の取り方がまるで変わります。その大きな理由として

・旋律の役目がヴァイオリン一本になっていること

・バスがチェロとピアノで変わること

この2点が挙げられると思います。

それは、ヴァイオリンとピアノの場合は”ヴァイオリンが旋律、ピアノが伴奏”。そして管組は第1ヴァイオリンからチェロまで合わさった正に調和の世界で、旋律と伴奏というふうに単純に分けることができません。では具体的にどう変えていくかというと、デュオの場合は音程を旋律的にとっていきます。旋律的にとは、ほんの少し音程を高めにしたり低めにしたり……まるで塩加減のようにピアノに対してほんの少しだけ味をつけるかのように変化をつける。出だしの「ミ」の音は少しだけ高めにするのが筆者の定石、そうすることでG線一本で弾いたときにもそれぞれの音が饒舌に語りだすかのような表情をつけたいと、そう思います。もちろんヴィブラートは幅広め。

比べて管組のほうでは一番心掛けていることは他のパートと音が馴染むこと。溶け合う音程で決して音が際立たないように弾いていきます。そしてチェロ。チェロがどのように音楽を運んでいくか、弦楽四重奏でも演奏することが多い曲でもありますが、四重奏だと特にその「運び」はこの曲の命ともなる……!このことを音と言葉でも語らい合う満ち足りたリハーサルができたとき、初めてお客様にも得も言われぬような音をお届けできるのではないかな、と思います。

この「G線上のアリア」弦楽四重奏でしたらユアオケでも比較的開催しやすい曲でもあるので、早く皆様に指揮を楽しんで頂ける機会をご用意できたら、と考えております。トップページにユアオケの開催への道のりとその想いを記しておりますので、よろしければどうぞご一読くださいませ。

クラ・うら・俱楽部~G線上のアリアの場合①~

春ですね。今月のクラ・うら・俱楽部は、かのバッハ作曲『G線上のアリア』についてお伝えいたします。まずは軽く混乱を招く、その呼び方から。

この曲は元々管弦楽のために書かれた作品ですが、ヴァイオリンとピアノのデュオでも演奏します。G線とはヴァイオリンの一番低い弦のこと。ヴァイオリニストはドイツ語読みで「ゲー」と発音しますが、この曲を指すときは世間にならって「ジー」と言います。英語を習う前にヴァイオリンを始めていた筆者はしばらく、この呼び方が理解できなかったな……!G線一本で弾くなら「ゲー線上のアリア」のはず……と思い悩んでおりました。

それで管弦楽で演奏する際は『管弦楽組曲第3番アリア』となります。この内訳は、管弦楽(管楽器と弦楽器のための音楽)そして組曲(複数の曲を組み合わせたもの)そして第3番(3番目の組曲ということですね!)最後にアリア(この組曲はアリア含め序曲からガヴォット、ブーレなど他の舞曲と計5曲で構成されています)。この場合においても裏方においては「ジー線」と呼ばれることも多いです。

ヴァイオリンとピアノのデュオで演奏する形は19世紀のヴァイオリニスト、ウィルヘルミが編曲しました。この編曲がとても素晴らしいので今でも多くの場で愛される曲となったのですね。

ヴァイオリンの旋律をG線一本で奏でることで「管組」とはまた違う歌のようにも聴こえます。この曲にはとても思い入れのある方が多くいらっしゃるので、演奏のたびにお客様からの心の声を頂くことがとても沁み入る曲でもあります。何と言いますか、ヴァイオリンの一番低い弦一本で弾くことで自然にかかるポルタメントや指使いとボーイングの性格がそのまま出やすい曲でもあるように思います。

同じ曲なのに編曲によって違って聴こえるなんて、その妙については次回お伝えいたしましょう。

クラ・うら・俱楽部~パッヘルベルのカノンの場合②~

前回は、カノンの最も多い演奏現場での悟り事情をお伝えしました。

今回はこのカノンがフォーマルな雰囲気に合っている(つまり結婚式などで演奏されやすい)理由の1つをお伝えします。弦楽器奏者としてまず思い当たるのは、こういった曲を弾くときの音色の出し方。そして音程です。音程というと絶対音感という言葉のイメージもあり絶対的に唯一正しい音程が存在するかのようなイメージを持たれやすいかもしれませんが、アコースティックな演奏の場ではそうでもないのですね。例えば、小学校などでの演奏会。体育館のピアノの調律が合っていないとか、小学校の体育館でなくても地域の公民館や支配人があまりピアノを大切に扱ってくれないホテルのピアノとか、調律が合っていないピアノというのは世の中に五万とあり、それは現場に行ってみないと分からないことも多いのです。現地で軽いリハをしようと蓋を開けてみたら「この音とこの音がこんなふうに高くってこの音はこのくらい低くてこっちは鳴らなくて」というようなことも五万とあります。では音程が合っていないから弾けない??いえいえ、奏者たちはそういうときにも、そこまで気にならないように工夫し合って弾いています。音程って、実は音を構成する要素の1つ。音量とかタイミングとか、音の要素は他にもたくさんあります。

では、音程をカノンのときにどのようにするかというと。多くの弦楽器奏者は”あまりソリスティックではない、みんなでよく馴染む音程”にするかと思われます。ヴァイオリンのような音程を自らコントロールする楽器では「この音は少し高め、これは少し低め……」というような差を作り出したり、または自然な調和を目的として響きが溶け込むようにしたり、はたまた高めも低めもない平均的な取り方をしたりするのですが、私はこのような曲は調和を重視した音程を取ります。自分の音を際立たせる場合にはソリスティックな音程も取りますが、カノンはそうではない。全員が歩み寄って溶け込んでいく音程を取っていったら、このカノンは得も言われぬような正に”調和”の世界になっていく……この調和した姿こそがフォーマルな雰囲気に相応しいのだと思います。もちろん、音程だけでなく発音そのものも柔和な弾き方にしますが、音程って実は単なる音の高低ということを飛び越えて雰囲気そのものを醸し出すものでもあるのです。深いですね。

そういえば、前回ヴィオラとチェロは楽譜がなくたって弾けちゃうことをご紹介しましたが、このカノン、趣味の弦楽合奏の初歩で用いられることも少なくありません。それでどうなるかというと、例のカノン進行のおかげで曲の雰囲気は頭から終わりまで同じだから不慣れな方はどこを弾いているのか全く分からなくなるのだそうです(かわいそう)。楽譜通りに全員で同じタイミングでゴールするはずなのに1人だけ早く終わっていたりまだ終われなかったり!調和したくてもなかなか調和できない現実、仙人になるまで練習するしかない。これまた冷酷非情な現実、やぁねぇ。

では最後にカノンを3分ほどに短くアレンジした動画をお聴きください。演奏は私の多重録音。原曲を半分ほどの長さにしてみました⇒3分ほどのパッヘルベルのカノン

次回は3月に配信予定です!

クラ・うら・俱楽部~パッヘルベルのカノンの場合①~

クラシック音楽の裏側をコッソリ教えちゃう、クラ・うら・俱楽部。今回はかの名曲”パッヘルベルのカノン”について2回に分けてお伝えします。

パッヘルベルって誰?これだけでピンとくる人は少ないかもしれません。あの”カノン”の作曲者です。他の作品はほぼ知られていませんがこの”カノン”だけで十分著名人入りしている彼は1653年生まれ1706年没のバロック時代、現在のドイツの作曲家でした。カノンの作曲時期は不明です。

元々”カノン”とはメロディが順に追いかけっこする形式のことを指し、この曲のタイトルではありません。あまりに有名すぎる作品のため”カノン”と言えばパッヘルベルのこれを指すことが多く、それは例えばピアノといえばショパンみたいな?実際にはこの作品以外の”カノン”もあります。ヴァイオリン3部とチェンバロという編成で書かれているこの曲。ヴァイオリン3部というのは、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、第3ヴァイオリンの3つのヴァイオリンパートでそこに通奏低音と呼ばれるチェンバロが加わります。

なのですが、恐らく皆様がこの曲を生で聴いたことがあるとすれば実は違う編成での演奏のほうが圧倒的に多いのではないでしょうか。

実際に多いのは弦楽四重奏や弦楽合奏。特に弦楽四重奏は第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、の4人で構成され、高音から低音のバランスがとれているためしばしば用いられます。例えばホテルでのパーティにロビーコンサートにレストランに結婚式に……。めでたい雰囲気やフォーマルな場にはピッタリです。こういった場で演奏したことがある奏者も多そう、もしかしたら原曲の編成より経験が多いかもしれません。

ちなみに、弦楽四重奏での演奏の場合、チェロがずっと通奏低音でヴィオラがコードをピチカートということが多いのですが、これはポップスでも使われるいわゆる”カノン進行”そのものなので曲の頭から終わりまでずっと同じ繰り返しです。なので、こういった仕事ではチェロ・ヴィオラ奏者は楽譜がなくても”正しく弾けちゃう”のだとか!それだけ弾いて飽きないか?いえ、もうツマラナイ感情を超えて無心になるのだそうです。カノンにおいては仙人のような方が多いかもしれませんね。悟り開けちゃう。

次回は2/25(水)配信予定です!

クラ・うら・俱楽部~美しき青きドナウの場合②~

ワルツ王と呼ばれるヨハン・シュトラウス2世『美しき青きドナウ』について2回目のメルマガです。ググってもなかなか出てこない裏側をお楽しみください!(1回目の記事はこちら)。

さて、前回はこの曲の”弾きにくさ”をお伝えしました。

ところでこの人は父親も有名人ですね、父親の代表作『ラデツキー行進曲』はニューイヤーコンサートのアンコールの定番です。この親子は双方ともヴァイオリニストで自身も弾きながらオケを指揮したそうですが、正にオケを知り尽くした上で出てくる音楽なのでしょう。

彼らは恐ろしく仲が悪い親子で、いわゆるベートーヴェンやパガニーニの毒親とは違うタイプ、それも息子の商売を妨害する天敵でした。会場となる飲食店には圧力をかけ、マスコミも使おうとしたのだから天下のライバルです。なのですがそれでも息子のデビューコンサートは大成功、その後も”常に夜会服を着ている男”と言われるほど公演がひっきりなしだったというのだから大したものです。それになんていっても銅像が立てられたのも彼だしね!

それにしても改めて楽譜を眺めていると、例のメロディは曲の一番終わりにも出てきます。映画のワンシーンのように静けさをもった弦のトレモロから静かに始まるこのメロディは作品の締めにも相応しい。それだけ力があるのだからやはりこれは美しく弾きたい!(そして振り出しに戻る)。

余談ですが私が彼を気の毒だと感じることが1つあります。というのは、彼はこんなに素晴らしい音楽を書いているのに永遠に”息子”と呼ばれること。父親と同じ名前のためジュニアだの2世だの、1人のアーティストというよりウィーンのワルツ親子のイメージが大きいのですね。当時は家系を継ぐという意味で長男は父親と同じ名前を付けられることが多かったようですが、それでも同じ名前だと作品も混同しやすいですし、よほど詳しい方でないとヨハン・シュトラウスは1人だけだと思ってしまいそうです。ちなみにこの親子のみならず他の息子たちや甥っ子なども音楽家として活躍したため彼らを総称してシュトラウス・ファミリーと呼ばれます。

 もう一つ”裏側”として、この曲は第2ヴァイオリンやヴィオラはほぼ伴奏しかなくて、それはそれでとても右腕が疲れやすく肉体的に辛い曲だということをお伝えしておきましょう。同じことをずっと続けているのって筋肉が疲労しやすいのですよね。でも良い曲だからみんながんばって弾いています。

最後に、この曲を3分ほどに短くしたユア・オーケストラオリジナルアレンジ動画をご紹介します。音楽経験の有無を問わず、楽譜に馴染みがなくても耳コピで覚えやすいアレンジ、振っていて気持ち良さそうなところをメインに入れてあります。PCで作った音ですがぜひ一度お聴きください。来月はパッヘルベルのカノンについて配信予定です。ご期待ください!

クラ・うら・俱楽部~美しき青きドナウの場合①~

ワルツ王と呼ばれるヨハン・シュトラウス2世『美しき青きドナウ』について2回に分けてご紹介します。ググってもなかなか出てこない裏側をお楽しみください。

ヨハン・シュトラウス2世の『美しき青きドナウ』。2世というからには1世たる父親もいます(2回目でお伝えします)。1867年に書かれたこの作品は第二のウィーン国歌と呼ばれるほど親しまれ今や世界的な名曲といっても過言ではありません。ブラームスやワーグナーといった音楽室の強面たちも愛したと言われるこの名曲、早速NHK交響楽団による演奏をお聴きください。

良い曲ですねぇ。個人的にこういったウィンナワルツを弾くときは”ザ・美声”といった音色を大切にしています。もう声を聴くだけで落ちちゃうようなエルヴィス・プレスリーとか大自然に連れていかれるサラ・ブライトマンとか麗しい岩崎宏美さんといったイメージ?この世には美しいものしかないんだ!と思い込むような音色です。

では、2分28秒あたりからの第1ヴァイオリンにご注目下さい。

かの有名なこのメロディ。合いの手も第1ヴァイオリン群が弾いているのがお分かりでしょうか?

何と言っても、このふくよかな美しいメロディを弾いた直後に自分で合いの手を打つ!これを1人で弾けと言われたらとてもイヤでイヤでイヤで仕方ない作りです。

小さい音量ながらたっぷりとした音色で楽器を鳴らしたいこのメロディ、その直後軽い軽い合いの手に切り替え、またすぐ次のメロディ!完全に一人二役、間の休みが短いことが恨めしい。でもこの合いの手がいいのよ、合いの手が!正に伊達男と伊達女の世界、映画のスクリーンでしかお目にかからないような美男美女っぷりを音で魅せるのがオケの商売です。良かったぁ、これがソロじゃなくて。チャカチャカした超絶技巧より実はこういうお洒落を演出することのほうがずっと難しいのよ……1人じゃできないこともみんなで一緒ならできる!……と安心したところで次回に続きます。

クラ・うら・俱楽部~ベートーヴェンの場合②~

さて、前回ベートーヴェンから蔑まれた我らヴァイオリニスト群です。テーマは「楽譜の向こうから時空を越えてケンカ売ってくる!!!」

皆様、覚えていらっしゃるでしょうか。楽聖がヴァイオリニストに言い放ったあのセリフ。そう「音楽の精霊が語りかけてくるときに、君の哀れなヴァイオリンのことを考えていられるか」です。なんてこと言うんだ!私はともかく、ヴァイオリンがかわいそうじゃないか!

この方、なかなかお口が悪くて、

実際お貴族様に「俺の音楽のほうがお前らより上だ」って直接のたまったり(ケンカ売ってる)、その舌の根っこが乾かないうちに身分の低い女中さん方を散々差別したり(平民の我らきっとケンカ売られている)、ピアノの下にトイレ壺置いて人様を閉口させたり(口より鼻が悪いんじゃ)。

だからね、こういう精神の人だからやはり楽譜からもありありと伝わってくるような気がするのですよ、難しかろうがなんだろうが弾け。やれないとか言うな弾け。泣く暇があったら今弾け、弾けないのはお前が悪いんだから弾け、みたいな!あぁっ楽譜で頬を殴られている!

その第九。全曲で1時間ほどかかる長い作品ですが、拳が暗雲を突き抜けるような出だしの1楽章、ひたすら挑発的な2楽章(絶対どこかにケンカ売ってる……)ときて締めの4楽章であの有名な『歓喜の歌』に入るわけです。で、これの3楽章がまるで天国のように優しく柔らかく穏やかなんですね。『歓喜』は天国の先にある。それを音楽で実現してしまっているんだからもう我らはやられっぱなし、生まれる前から勝負なんてできるわけないのに未来永劫までケンカを売られているわけです。勝負したかったんだろうな、腕力じゃなくて音楽で。

さて、そんな人類の遺産とも言える第九。長くて長いからあの超有名なところだけ切り取って1分少々にまとめてみました!演奏は筆者アイティのヴァイオリンだけの録音です。ハハッ、私もなかなか勝負するじゃないか!良かったらお聴きください。

クラ・うら・俱楽部~ベートーヴェンの場合①~

今回はベートーヴェンについてです。そう、もう第九の時期ですね!第九自体のご説明はしませんが、あの長大な全曲をお聴き頂きながらご拝読いただけると嬉しいです。言葉じゃ説明できないベートーヴェンをお伝え致します。文章はあくまで筆者のイメージです。

早速ですが、ベートーヴェンに対していつもいつも思っていること。

それは「楽譜の向こうから時空を越えてケンカ売ってくる!!!」ということ。

この人に限らないことですが、とかく作曲家というのは”机上の論理”で作品を作っちゃあ演奏家に弾かせるものなんですね。で、すごく多いのが「いや……不可能ではないですがかなり不可能に近いです……」ってどこかの設計士と工場長のやり取りのようですが、実際そういうものも多い。クラシックの作品というと完璧に仕上がっているかのような印象が強いですが、本人以外にとっては机上の論理です。だから例えば半世紀ほどあとのブラームスなんかは、仲良しの演奏家たちに試演してもらっていたり、そうやって改作を重ねて発表していくわけです。もちろんそれでも難しい曲は難しいですけれども、このベートーヴェンという人は演奏家から難しい、と言われると

「音楽の精霊が語りかけてくるときに、君の哀れなヴァイオリンのことを考えていられるか」と答えたとか……哀れなんて言われている我らヴァイオリニスト群、ほんとにかわいそう。いやだってヴァイオリニストってある意味テクニックの首根っこもベートーヴェンに掴まれているようなものなんですよ!ヴァイオリンのお稽古の初期~中期で徹底して練習する教本を書いた人物はクロイツェルといってベートーヴェンが『クロイツェルソナタ』を献呈した人物でもあります(これも死ぬほど難しい嵐があって弾くたびに「なんで弾けたんだろ??」と私は不思議に思います)。ちなみにこの教本はものすごいソリストさんたちも大切にするような基礎中の基礎。つまりヴァイオリンを弾くということはクロイツェル教本と共に人生を歩むようなわけで、クロイツェルと言えばベートーヴェン……あぁ本当にかわいそう。楽聖に蔑まれたところで一旦終わります。第2回目は12/24配信予定!

過去の配信はこちら⇒記事一覧

クラ・うら・俱楽部~モーツァルトの場合②~

クラシックの裏側をコッソリ教えちゃう『クラ・うら・俱楽部』。前回からモーツァルトの難しさをコッソリ訴えております。「あなたが下手だから難しいんじゃ。」えっ、今更そんなこと言わないで!

さて、そのモーツァルトの難しさって具体的にどこがどう?と訊かれるとなんといってもギャップに尽きるなぁと思います。平和で幸福そうな曲調が多いから弾くほうもそうなんだと思われちゃう。でもさ、幸福そうな響きとか綺麗な音ってまず何から始まるかというと”ちゃんと楽器が鳴る”なんですよね。歌であっても喉という楽器を鳴らすこと。ここが始まりです。で、楽器を鳴らすというのは大きな音を出すということでもあって、この大きな音というのはある意味乱暴さとも近い場所にあるのです。ほら「怒鳴る」って大きな声ですよね。我々は子どもの頃から訓練を受けてきているので、乱暴さを排除して大きな音を出すことも徹底的に身につけています。そこはね、ヴァイオリンだったら弓のコントロールとか弓のコントロールとか弓のコントロールとか音程音程音程音程(良い音程だと楽器が鳴りやすいんですよ~)。

で、モーツァルトってこのコントロールがすごく繊細で、例えばチャイコフスキーの濃厚な「うぅぉをををを!!!」みたいな表現をしたあとだとやりにくい。なのでたいていのコンサートの曲順はこういったモーツァルトみたいな古典派からスタートして後半にチャイコフスキーのようなロマン派をもってきます。だってチャイコフスキーだったらむしろ乱暴さも味わいの一つだけどモーツァルトにはそれは似合わない。どんなに理不尽な流れでも弓は丁寧に余韻はほんわかほんわか即次の出だしはパシッと、あぁ~っ間に休符が欲しいよ~……あれ、これ地味に技巧的?ほら出番だよ、超絶技巧!!!

これはまるで彼の”ドギツイ内容をとってもチャーミングに愛らしくさぞかし美しくお皿に載せる天才でもあった”ってその人間性とギャップ。それはこんなテクニカルなところにまで反映されているような気がいたします。

そんなモーツァルトもユア・オーケストラで指揮してもらいたいから良かったらTシャツで応援してください!「クラシック黒作曲家シリーズ」1枚4,000円からです!このモーツァルトの画像からショップへリンクしています。

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