クラ・うら・俱楽部~ヴィヴァルディ『春』はなにゆえ明快なのか?①

季節は春5月ですね!今月はヴィヴァルディについてお伝えします。何と言ってもヴァイオリンと言えばヴィヴァルディ!と言っても過言ではないほど筆者も様々なところで演奏しています。「なにゆえヴィヴァルディは明快なのか?」筆者の演奏とピアノの音による特製音源と共にお伝えしますので音楽を聴ける環境でお楽しみください。(※ピアノはPCソフトの音なので良い音ではありませんがご容赦ください。)

ではまず冒頭部分をお聴きください。

かの有名なメロディですね!

まず理由として考えられるのは、このメロディの和声はほぼ”主和音”だけだから。和声とは和音の流れ、ハーモニーのこと。そして主和音とは曲が書かれている音階(この場合ホ長調ですね)の最初の音(主音)に付けられる和音を言います。

ではこの曲が主和音だということが分かりやすいように、ちょっといじってみます。メロディは変えずに伴奏のリズムを変えただけで音は同じです。

ほら、ずっと同じ和音、ミソシじゃない?たまにシレファが出てきます。主音というのは文章で例えると”私”のようなニュアンスかな?シレファは”あなた”です。だからこれって、ずっと「私」って言っているようなものなのですね。「わたし!私!ワッタッシ~、あらあなたもいたのね、わったし今日も楽しいな~!私のための良い天気!!」このくらい押しが強い”私”。ちなみに出だしのミの音が主音なのですが、実は主音から始まる曲ってそう多くない。なぜなら、これぞ王道といった雰囲気になるので少しお洒落な雰囲気にしようと思ったら違う音から始めるものなのですね。加えてクラシック音楽の基本形というのは、私→あなた→私です。そこに彼女や彼やあそこも過去も出てくるものなのですが、私しかほぼ出てこないこのメロディ。裏表がないとは正にこのこと。いわゆる四大ヴァイオリン協奏曲で1楽章のメインテーマが主音から始まるものはブラームスの協奏曲だけでした。

余談ですが、戦前のベルリンフィルコンサートマスターだったシモン・ゴールドベルグというヴァイオリニストがアメリカ人のことを「アメリカ人というのは私、私とうるさい。」とこぼしていたそうです。そういえば筆者もよく「私、私」と言っているそうですが、それは中学時代をボストンで過ごしたせいなのか、そうではなく生来の気性ゆえな気が致します……(きっと最近は控えめになっているはず、大人だから)。

でもこれだけじゃあ、この曲のあっけらかんとした底なしな明るさは説明できません。この続きは次回5/27にお届け致します!

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